「ウチの子はこの子だけや・・・」明石家さんまの”現在の姿”を作った語られない過去とは…

衝撃, 話題

お笑い界の大御所、明石家さんまさん。

さんまさんといえば、その止まることのない

軽快なしゃべりが特徴で、どの番組で見ても

そのキャラクターが変わることはありません。

それどころか、プライベートでさえ、

さんまさんと親交のある芸能人が語るには、

テレビのままだと語られていました。

普段テレビで明るくおちゃらけて振舞って

いるような芸能人でも、カメラが回らなくなった瞬間に

態度が急変し、素に戻るといった

芸能人も多いと聞きます。

しかし、さんまさんはテレビが回っていないところでも

テンションが変わることなく四六時中あの調子。

プライベートでも、握手やサイン、写真を求める

ファンに対して気軽に答え、その対応は

”神対応”だと評されています。

さんまさんの底知れない明るさはどこからきてるのか、

一体なにが原動力となっているのか。

それは、テレビではあまり語られることのない、

さんまさんの壮絶な過去にありました。

今回はさんまさんがなぜあんなに明るく、

軽快なトークをするようになったのかがわかる

過去のエピソードをご紹介します。

さんまの実母は三歳のときに病死しています。

さんま、小学校高学年のときに父が再婚して、

新しいお母さんができました。

このお母さんには連れ子がいて、

さんまには年の離れた弟ができました。

さんまは持ち前の明るさで、その弟をとても可愛がり、

弟も実の兄のように、さんまにぴったり

寄り添いながら育ったそうです。

ところが継母の方は、やや酒癖がよろしくなかった様子です。

露骨に弟を可愛がり、隣の部屋から聞こえよがしに、

「ウチの子はこの子(弟)だけや・・・」

などと漏らしていました。

壁伝いに聞こえてくるそんな継母の声に、

さんまはよくベッドの中で涙を流したそうです。

弟も、さんまのすすり泣きを聞いて、

二段ベッドの下から一緒に泣いてくれたそうです。

そんな経験があるから、さんまは本当は

お酒が嫌いだし、お酒を飲む女性も嫌いだったそうです。

今もお酒は飲みますが、本質的には

お酒は好きじゃないようです。

また、そんな経験が、さんま独特の芸に

磨きをかけたと言えるかもしれません。

というのも、さんまのこんな健気な一面があるからです。

継母はずっとさんまを無視した生活をします。

まるで、さんまがそこにいないかのように

弟にばかり話しかけます。

さんまはそれでも継母と仲良くしてもらおう、

反応してもらおうと、毎日必死で面白いことを考えます。

そんな生活の延長で、学校でもそのノリで

暮らすようになりました。学校では一躍人気者です。

そんな工夫が、今日のさんまの土台になっているに違いないのです。

ところで、さんまが大竹しのぶと結婚してからのことですが、

大竹にも連れ子(ニチカ)がいて、

さんまと大竹との間には実子(イマル)ができました。

さんまは、少年時代の体験から、ニチカにつらい思いを

させたくないとの思いで、意識してニチカを大切にしました。

家に帰ると、イマルより先にニチカに触ります。

子供らに自分のことをボスと呼ばせたりも、

ニチカへの気遣いだったようです。

そしてさんまの弟さんについてなのですが、

ある日、大変な事件が起きます。

さんまの胸が張り裂ける事件でした

さんまはもう冠番組を持つほどの

人気者になっていたころのことです。

弟は高校三年生。

さんまの影響を受けてかサッカー少年でした。

キャプテンでインターハイにも出たし、

国体選手にも選ばれたそうです。

ある日のこと。

実家に火事が起き、弟はその火災で亡くなってしまったのです。

次のワールドカップには、ふたりで一緒に見に行こう、

そんな約束をしていたのに・・・。

さんまは弟のことをこう言っています。

「ぼくのことを、昔から、すごく尊敬してくれるやつでね。

ぼくがいうことは、すべて正しいと思っていたみたいですよ」

「自分にも、それから他人にも、

素直に自分をさらけだせるやつでしたね」

こういった壮絶な過去の経験が

さんまさんの今を作っていたのですね。

長年テレビの第一線で活躍しており、

その姿を見ない日はないというくらいに常に

色んなところから引っ張りだこなのも、

こういったエピソードを聞くと頷けますね。

この話を聞くと、さんまさんの見方も変わってきますね。