東北大震災の津波の瓦礫から見つけたカップルの写真が奇跡の出会いを生む。。。。

感動, 泣ける, 衝撃, 話題

7年前に起きた東北大震災。

今だに復興が続いている日本の歴史上で大きな意味を持つ災害。

その災害で数々の思い出が津波と共に流されてしまった人がいます。

そんな中、写真などを拾い集めて洗浄する

ボランティアで活動している方達がいらっしゃいます

ボランティア活動を起こしていた方起こしたとても素敵な奇跡です。

是非最後までご覧ください。

奇跡は一枚の写真と携帯電話を拾った事から始まります

宮城県石巻市で仮説住宅の支援などをしている川谷清一さん。

その傍ら被災者の姿をカメラに収めたり、崩れた民家から集めた

写真や思い出の品を集め展示会を開いたりする活動を行っている方です。

もとは、大阪で高校の事務長をしていた川谷さん。

3.11の1か月後に休暇を取り宮城県南三陸町に行きます。

その頃からカメラが趣味だった川谷さんは、写真などを拾い集めて

洗浄するボランティアに登録されました。

宮城県石巻市は、津波で流された家屋や、車、船が

無数の瓦礫となって積み上げられていました。

私たちがテレビの画面越しに見ていた光景です。

川谷さんはその中から持ち主が特定できそうな写真など思い出の品を集めました。

そこで見つけた一枚の写真。

若い男女のカップルがピースをして写っている写真。

傍に落ちていた携帯電話をなにげなく手に取り、

並べてシャッターを切りました。

震災で多くの方が亡くなったニュースが流れてきています

「このカップルは生きているのだろうか、生きていてほしい。」

そう願いながら写真と携帯を回収しました。

この行動が後に奇跡の出会いを生むことになるのです。

その後、川谷さんは「もっと被災者に寄り添いたい。」

との思いから、宮城県に移住を決断します。

35年務めた大阪府庁を退職したのです。凄い行動力です

現地で集めた写真の展示会を行うことになり、

例のカップルの写真も展示しました。

展示会初日、奇跡が起きます。

訪れた女性のからびっくりさせられる一言が。

「この写真に写っているの、私です」と…。

この女性の名前は、小坂翔子さん。登米市観光協会に勤務しています

川谷さんは、写真の人と出会えたという喜び共に一点気になることがありました。

「一緒に写っていた男性は生きているのだろうか。」

もしかしたら少しでも時間によって癒された心を傷つけてしまうかもしれない

恐る恐る「隣に写っている男性は…」と尋ねたところ、

「彼です。いまも付き合っています」と彼女は口にしました。

男性の名前は、芳賀健爾さん。自宅が津波で流され、

自身も一度は津波に呑み込まれた。

水中で必死に泳ぎ、運よく山肌にぶつかり助かりました。

ギリギリでした。奇跡の生還でした。

しかも、彼は震災前日まで関東地方に住んでおり、

地元で働くために南三陸町に戻ってきたばかりという事も。

「よかった。生きていたんだ」そう、川谷さんは胸をなでおろしました。

お二人は、震災前に結婚の約束をしていました。

しかし、どちらの家も津波で流されてしまい、結婚を考える事すら。。。。

それから約2年。2013年7月に南三陸町のホテルで

無事に結婚式を挙げました。そして、川谷さんも招かれました。

震災前にお二人がとった写真は残念な事に津波に流されてしまいました。

川谷さんが発見した1枚を除いて。

披露宴で二人を紹介する写真が映し出され、

川谷さんが発見した写真も式場で写しだされました。

偶然が生んだ、奇跡の出会い。

さらに驚くべきことに、一緒に写っていた携帯電話。

それも芳賀さんが所持していたものでした。

つまり、無数の瓦礫の中を漂い流れ着いた二つの遺留品が、

たまたま同じところに流れ着き、大阪からやってきた

川谷さんの目に止まり拾い上げられた。

川谷さんが初めてお二人に会った時の言葉を芳賀さんは今も覚えているそうです。

「2人とも生きててくれて、ほんまによかった」

心から出た言葉。

生きるという事は本当に素晴らしい事ですね