杉良太郎、志村けんさん実家を弔問し涙「余人に代えがたい人」…なじみの麻布の料理屋で面識

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杉良太郎、志村けんさん実家を弔問し涙「余人に代えがたい人」…なじみの麻布の料理屋で面識

歌手で俳優の杉良太郎(75)が3日、3月29日に

新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった

ザ・ドリフターズの志村けんさん(享年70)の

東京・東村山市にある実家を弔問した。

別れの言葉を伝えずにはいられなかった。

迷惑になるからと、事前に兄の知之さん(73)と連絡を取り、単身で訪れた。

遺骨との対面を終えると、杉は

「お兄さんがけんちゃんによく似ているから救われた。

けんちゃんに会っているみたいでね。救われた…」

と涙を流した。

俳優とお笑い、フィールドは違ったが、なじみの麻布の料理屋で顔を合わせた。

「僕の作ったカレーが好きでね。何回か食べてくれましたよ。

『カレーどう?』と聞いて『お願いします』が合言葉だった」

第一線で走り続けた希代のコメディアンを「余人に代えがたい人」とたたえた。

「あれだけ芸で人を笑わせた人はいないからね。

若い時、これでもかって体をぶつけて、自分流のコントを仕上げて、志村流を作った。

志村流コント、いわゆる芸を貫き通したわけだから」。

仕事に対する姿勢と同様に絶賛したのが、その人柄。

「人の悪口や何やかんやで人気を得ようとしなかった。立派だと思う。

悪口を(言っているのを)聞いたことがない。マジメで優しい人だった」と振り返った。

志村さんは20年近く、杉プロデュースの焼き芋焼酎「鹿児島大地」を愛飲した。

杉は訃報に接し、知之さんの自宅に新たなボトルを贈った。

「(酒造りの最高責任者の)杜氏(とうじ)を聞いただけで『この酒はうまい』と言ってね。

(食事の際に)『大地』がないと、マネジャーにクビにすると言っていたみたい。

そんなに喜んでくれるなら(プロデュースも)けんちゃんに譲ろうと思ったぐらい」

と懐かしんだ。

知之さんは「まさか来ていただけるとは。うれしいです」と感激。

30分ほど滞在し、思い出話に花を咲かせた。新型コロナウイルス感染予防のため、

近親者でも遺体に対面できない。近親者の気持ちをおもんばかり、

杉は「(悲しむ姿は)見たくないね。コロナの対策を始めた頃だったから余計にね」

と悔しさをにじませた。

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